今回のツーリング目的は、二つ。
第一の目的が休息。精神の徹底的な休息だ。俺の場合、肉体の方は設定価格がお安く出来てるので、基本的にちょっと休めば回復するが、精神の方はそうも行かない。その、気持ちの休みってやつを取りに行くのだ。
もうひとつはもちろん、旅。
ひごろ時間的制約で行くことの出来ない遠くへ、いけるだけ行ってみようと思ってる。もちろん、行く気がなくなれば、その場にキャンプすればいい。何の制約もなく行動すると言うのが、とにかく大切なのだ。
てなわけで、出発しようか。
土曜日の夜。
準備を終えた俺は、意気揚々と柏を出発した。
と、真夏の夜なのに、神様も俺の出発を気づかったのだろうか、やけに涼しい立ち上がりを用意してくれた。平たく言うと寒い。タンクトップつーアッタマ悪いカッコで乗ってた俺は、給油ついでに革ジャンを着込む。
三郷から外環に乗り、走り出すとずぐ、革ジャン効果の高さを思い知る。
つーか、夏の夜のツーリングのときはいつも、出るときは「今回はやっぱ要らないかな」と考えるのに、もって出て高速に乗った瞬間、「やっぱり、あってよかった」と安堵するんだよな。
さて今回はいつもと違って、休息とか旅とか、わりと生ぬるいテーマだ。
ここで目を三角にして走るのは馬鹿げてる。
100~120くらいで流して走ると、これはこれで存外気持ちいい。無目的、と言うのが効いてるのかも知れない。どれだけ時間がかかろうが、眠くなればパーキングに寝て、起きたらその日の気分で走ればいいのだから、やはりたまらなく楽しい。
とりあえず、最初になんとなく定めた、新潟から日本海という流れに沿って、新潟を目指す。
赤城あたりで霧が出て、とたんに寒くなってくる。
が、もともと毎年行ってた佐渡島行きのツーリングでよく知ってるので、寒さに驚くこともなく順調に距離を重ねる。革ジャン様様。赤城の先から、越後川口あたりまで、どのPAに立ち寄っても給油の列が出来ていた。
今年はやけに関越が人気だなと思ったら、PAのスタンドの兄ちゃん、
「TVで、高速のスタンドは、値上がりするまでにタイムラグがあるって番組をやったんです。そしたら給油に来る車の数が、いつもの四倍ですよ。でも、満タンのお客さんは少ないんですけど」
と、悲鳴をあげていた。
走り出し、しばらくして決心が付つく。
やっぱ、佐渡へいこう。
新潟で降りて、フェリー乗り場に行くと、さすがにシーズンで、キャンセル待ちだという。もちろん、そのまま待っても良かったんだが、受付のかわいいお姉ちゃん(推定年齢:俺の母親とタメ)が
「直江津の方なら、あったかもしれないんだけどね」
ん? なに?
俺に対する挑戦かそれは?(親切な意見です)
俺はくるりときびすを返すと、高速に乗りなおし、直江津港を目指して走り出す。
こういうことが出来るから、時間のある旅は楽しい。ちなみに、いつも使ってた赤泊→寺泊線は、いつの間にか廃止になってた。一年行かないだけで、ずいぶんと様変わりするもんだ。場末の飲み屋みたいな恒久性はないらしい。
100キロほど走って、直江津港に到着。
やはり、うら寂しい感じの日本海。
フェリー待ちのRocketIII。
直江津港でフェリーを待っていると、
ZZR1200に乗ったおっちゃん、いや、兄ちゃん? まあいいや。とにかく俺と同い年くらいの人に会った。なんかテンション高めで変な男だったが、俺もいいかげん元気だったから、向こうも同じように思っているかもしれない。
RocketIIIの話をちょっとしたが、それほどうるさい話にならなかったのは良かった。石川県から来た彼も、俺と同じく佐渡に取り付かれたクチで、延々佐渡の話をしてから、行ったことあります? と聞くので9回目だといったら、目を丸くしてた。
フェリーに乗ったところで、缶ビールを一本、うん、嘘ついた。二本買ってくる。
直江津→小木航路は二時間半かかるので、寝入りには、このくらいがちょうどいい。
ZZRの兄ちゃんは、ほかの「ライダー」を集めて講釈してた。
俺は知ってる話ばっかりだったので、さくっと寝た。
佐渡に到着。
小木港から、外海府ルートで入崎を目指す。
入崎にはここ数年、必ず使ってるキャンプ場がある。休息目的なので、サバイバルっぽい雰囲気よりも、自宅の延長のカンジが欲しかったのだ。相川を越え、尖閣湾を越えて、タンポポ畑を横目に眺めながら、海沿いの道を走る。
ああ、家に帰ってきた気分だ。
と。
その家に突然、知らない家具が置かれてた。
正確には家具じゃなくて道。ずっと一番の難所になっていた険しく細い道がなくなり、代わりにでかいトンネルが出来ているのだ。対面通行ぎりぎりで、譲り合いの精神を大きく育んでいたその細道は、跡形もなく消えている。
「あのしょぼい道と、小さな洞窟みたいなトンネルが、こんなに大きく育ったか」
久しぶりに帰ったら息子が成人してました的な、放蕩オヤジっぽい感慨にふけりつつ、俺はトンネルの中に入った。とたんに襲ってくる、驚くほどの冷気。『これは間違いなくUMAがいるぞ』と俺様の感性が、ビリビリと危険信号を伝えてきた。
UMAハンター(実績なし)であり、人々にUMA人(ゆまんちゅ)と恐れられる俺の感性に。
何もなかったけど。
すげえ使えない感性。
このトンネルの涼しさは、しかし、尋常じゃない。
日陰に入ってああ涼しいとか、地下水が染み出しててかなり涼しいとかのレヴェルじゃないのだ。むしろ極寒。『冷房中』の札を出しておくべきだ。トンネルを出るころは、エンジン以外の金属製品が、軒並み冷たくなってたほどなのである。
熱くてグローブをはずしてたから、たまたま気づいたのだが、ブレーキレバーが冷たくなったのには、マジで度肝を抜かれた。熱中症が持病のダチのZなら間違いなく、あの中にテントを張るだろう。もちろん、俺も張りたいと思った。
ガマンしたけど。
入崎に到着し、そのテントをトンネルではなく、海岸沿いの土手に張る。
雨なんか降るわけないので、グランドシートは省略。
ポールを組んで、テントを吊り。
フライシートをかけて完成。
仮の我が家が出来たところで、水シャワーを浴びて熱気を冷ました。
ここは温水シャワーは有料だが、水シャワーは無料なので、俺は一日に何度も入ることが多い。
そのまま、テントを張った場所にある木製のベンチで昼寝。
昼過ぎころ目を覚ますと、風が強くなっていた。
当然、海は荒れている。すぐに入りたかったが、せっかくだから凪の綺麗な時に入ろうと、先に単車で走ることにした。入崎からわずか数分のところに、ドンデン峠への入り口がある。前回の四国行きで患った『ガケ恐怖症』のリハビリ第一弾だ。
入るとすぐに、四国の山中を髣髴とさせる、舗装林道フレーバな峠道が続く。
ガケの恐怖と戦いながら、慎重に、でも楽しんで走った。山頂の、佐渡を一望できる展望台に、フェリーで会ったZZRの男がいる。聞くと彼は、暑さをしのいでドンデン山にキャンプするそうだ。海辺の俺が吉と出るか、山の彼が吉と出るか。
ドンデンを越え、両津に入ってそこで買い物をする。
そのまま取って返し、入崎に戻ると少し涼しかった。
こりゃあ、俺の方が吉と出たかな?
テントを張って荷物を降ろし、ベースキャンプにする走り方は、いままであまりしたことがなかったが、意識してやってみると、面白い。提案してくれたZに感謝だ。
少しテントで休んでから、今度は近くのJAに夕食の買出し。
ビール350×6のパックをふたつ。.あと、肉とさば缶。さば缶は安売りしてたので、思わず買ってしまった。まあ、空き缶がちょうどいい灰皿になるだろう。
ぐいぐいとビールを飲んで、肉とさばを食って寝る……ハズが、虫に食われて目が覚めた。
せっかく虫除けを持っていったのに、間抜けな話だ。
あわてて起きると、虫除けを塗る。
と、月が煌々と明るい。
ペットボトルに朝飯用の水を汲んで、タバコを一本つけ、一服しながら夜の海と月を交互に眺める。ああ、また佐渡に来たんだな。感傷的になってからテントに入ろうとして、入り口の前で待ち構えていた、でかいフナムシをぶっ飛ばし、こんどこそ幸せな眠りに付いた。
風が涼しい、最初の夜の話。